その経験も大事

幸せか不幸か

2つしかないなら

自分がどっち「側」にいるかで見える世界が変わるなら

自分が幸せ側にいる時、不幸が見えるのかな

自分が不幸側にいる時、幸せが見えるのかな

じゃあ、自分が幸せ側の時って自分が幸せって気づかないよね、見えてる世界が不幸だもの

(↑これ系の哲学はさとうみつろうさんが詳しい)

今、周りには優しい人ばかりで、というか今までいた環境に戻ってきただけ

今まで幸せの中心にいたから、自分がその中にいるから、気がつかない、自分が幸せだって

だから、それに気づくために色々な経験が用意されていて、私は新しい幸せを求めるために沢山経験したんじゃなくて、もともと幸せだって気づくために色々経験したんだね

今、何か違う、どこかへ飛び出したくて、早くここから抜け出したい、そう思ってる時って幸せの真っ最中だったりして

全ての経験は色々な角度からこう言ってる気がして、「思い出して」って。

今、何でこんな事してるんだろう、それも意味があって、大事なんだ、いつかわかる

自分の心の中にある沢山の気持ちを言語化してみた。

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2 件のコメント

  • そうなんですね。幸せ側に立っていたら、幸せである事に気づかない。不幸ばかりが目につくのは、自分が幸せだからなんですね。富士山に登ったら富士山の姿は見えない。自分が目指していた富士山の頂上にいるようなものですもんね。富士山に登っている事を知っているように、幸せである事に気づくだけなんですね。

    鳴井さんが幸せであることを思い出すために経験してきたって素敵です。

    • コメントありがとうございます!そうですね、富士山の例えいいですね!まだまだ自分研究中です〜

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